2017/10/28

レム睡眠とノンレム睡眠

得体の知れないなにかおそろしいものに追いかけられ、必死で逃げようとしているのに、
なぜか足が動かない。その「なにか」がしだいに迫ってきてついに追いつかれる。「ウワー
ッ!」と叫ぶと目が覚めて布団の中にいた。そんな悪夢を見たことのある人は多いだろう。
その反対に、目の覚めるような(?)美女と仲よくなり、うまいことをやっているなどという楽しい夢を見ることもあるだろう。
夢とは自分の思いどおりにならないものだが、その正体はなんだろう?
人は眠っている間にレム睡眠とノンレム睡眠とをくり返している。レム睡眠とノンレム睡眠の一セットで約九○分の周期を、睡眠時間の八時間ほどの間に四~五回くり返す。レム睡眠は、身体は休んでいるが脳が活動している状態であり、ノンレム睡眠は脳は休んでいるが、身体が活動している状態である。

浅い眠りであるレム睡眠のとき、まぶたの下の眼球はすごいスピードで動き回っている。
このときたいていは夢を見ている。一方、ノンレム睡眠中にはまぶたの下の眼球はまったく動かない。このときも夢を見ることはあるが、レム睡眠時よりは少ない。


レム睡眠時に見る夢は、荒唐無稽だったり、起きているときには思い出せないような昔の記憶が睦ったものだったりする。ノンレム睡眠時に見る夢は、いま現在の悩みごとや寝る前に考えていたことなどに影響されるらしい。

夢を見ているときは、脳の中の海馬などの記憶中枢のある大脳辺縁系と後頭部の視覚野が活発に活動していることがわかっている。そのために、記憶にもとづいて映像化されたイメージが現れると考えられている。
「おれは夢なんか全然見ないよ」という人もいるかもしれないが、そういう人は見た夢を忘れてしまっているだけのようだ。レム睡眠時だけだとしても一晩に四~五本は夢を見ているはず。ところが、レム睡眠時に夢を見ても、次にノンレム睡眠に入って深く眠ると、ついさっき見たばかりの夢を忘れてしまうことがほとんどだという。
しかし、そもそも人はなぜ夢を見るのだろうか?
かつてフロイトは、夢とは無意識の欲望の現れであるとした。いまでは、「夢を見ることは、起きている間の記憶や思考を編集し、必要な記憶を脳に定着させ、不必要な記憶を消去するという作業である」という説が有力とされている。しかし、人がなぜ夢を見るのかについては、残念ながらいまでもよくわかっていない。
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2017/10/18

身体の中の石はどうやってできる?

世の中にはいろいろな勉強会があるもので、全日、「胆石・友の会」なる勉強会があった。
これは、健康のあり方について語り合おう、という趣旨で発足したものらしいが、その入会
資格というのがユニークで、「①胆石症になった人」「②自分の胆石を見て、人体の神秘を
感じた人」なら、老若男女を問わず、誰でも入会できたという。

なるほど、いわれてみれば、身体の中に石ができる、というのは、なんとも不思議なこと
である。実際、胆石症や尿路結石になった人の多くは、「石の成分となるものなんか食べ
ていないのにどうして?」とクビをかしげるという。
では、いったい、身体の中の石はどうやってできるのだろう?

まず、胆石から見ていくと、胆石にはいくつかの種類があるのだが、日本人の場合、コ
レステロールが結合したものが八割以上と圧倒的に多い。
なぜ、コレステロールが結合してしまうかという、と、これは欧米化に伴う食生活が関係
している。要するに、脂肪の、とりすぎで、コレステロールが増えると、本来、それを溶か
す役目をはたすはずの胆汁が溶かしきれなくなり、胆のう内で固まってしまうわけだ。こ
れが少しずつ大きくなったものが胆石なのである。そう、日本人の場合、その多くは脂肪
分の多い食事が胆石をつくり出しているのだ。

腎臓や尿管などにできる尿路結石についていえば、原因がいまだに定かではないが、尿
が過飽和状態になり、尿中に含まれるカルシウム、マグネシウム、尿酸などが結晶のよう
に固まってしまい、これが石となるといわれている。

海水を煮詰めると、水分が蒸発していき、塩分がどんどん濃くなり、しまいには塩がで
きるのと同じ原理であると考えていい。
石の成分となるものなんか食べていないのに、なぜ、身体の中に石ができるのかが、こ
れで少しはおわかりいただけたであろうか。


蛇足だが、冒頭で紹介した「胆石・友の会」、発足して五年足らずで解散してしまった
という。その理由というのがじつに情けない。その会では、勉強会の後、毎回のように二
次会(飲み会)を催したらしいのだが、会を仕切っていた人がお酒の飲みすぎでポックリ
逝ってしまったらしいのだ。
健康のあり方について語り合おうという趣旨で発足したというのに、「これじゃあ、シ
ャレにもならん」ということで、自然消滅したそうな。
2017/10/09

黄痘

お通夜などの席で、親族からこんな話を聞くことがある。

「故人は、お酒を飲みすぎて肝臓を悪くして、黄痘が出て体が黄色くなり入院。しば』らくして亡くな.りま雲した。あんなに飲まなければこんなこ、とにはならなかったのに……」
ここで、、ちょっと疑問がわいてくる。黄恒で体が黄色くなった、というけれど、日本人は、も、とも、と肌の色が黄色い。だから、黄痘が出たかどうかの判断がつかないのではないだろうか?、もし、そうなら怖いこ、とになる。黄痕が出ているこ、とがわからないため、病状が悪化してしまう可能性があるからだ。


しかし、どうもその心配はなさそうだ。父親を肝硬変で亡くした人に、よく聞いてみると「黄痘になる、と、全身がまるでレモンのように真黄色になった」というからだ。いくら黄色人種といってもレモンのように黄色い日本人はいないだろう。その黄痘だが、ウィルス性やアルコール性の肝炎、肝硬変、肝がんなどのときによく現れる。これは、胆汁に含まれるビリルビン、という黄色い色素が関係している。

ビリルビンは、ヘモグロビン(赤血球の中にあるたんぱく質で血色素のこと)が分解されたときに生じ、ふだんは肝臓から胆管を経由して十二指腸に分泌され、脂肪を消化しやすくする役目をはたしている。だが、肝機能が疾患などで異常をきたすと、十二指腸へスムーズに送られなくなり、血液中に混じってしまうようになる。そして、血液に混入したビリルビンが皮膚に付着すると、その部分が黄色に染まった状態になってしまう。これが黄痘というやつだ。
あなたの場合は大丈夫だろうか?もし、人から「最近、肌の色が黄色いんじゃないの」といわれ、気になるなら、一度、血液検査をしてみることをおすすめする。血中ビリルビン濃度が一叩/皿以下なら正常値。なんら心配ないが、それを超えるようなら要注意。二~三川/Ⅲ以上なら肝臓が完全にSOS信号を出していると考え、しかるべき治療をおこなおう。
また、黄痘は皮層よりも先に白目に現れることが多く、白目が黄色く濁ったようになるので、頻繁に鏡で白目の色をチェックしてみるのも方法だ。
もっとも、ミカンの食べすぎlカロテンの過剰な摂取でも皮層が黄色くなることもあるので、思い当たるフシのある人は、「黄恒が出た」とうろたえる前に、日ごろの食生活を見直すことから始めよう。








2017/09/22

一度にどれくらい食べられるものなのか

昨今、テレビで「大食い」をテーマにした番組が花盛りだ。
出場者が食べる量といったら、それはそれは半端なものではない。一個七五グラムの焼きおにぎりを制限時間二五分で三○個以上食べるなんて朝飯前。アメリカでおこなわれたホットドック早食い選手権にいたっては、たったの一二分間で五三個も食べてしまう人がいるのだから驚きだ。中には、大食いを売り物にして、タレントになった人もいる。
もっとも、この大食い選手権みたいなものは、いつの時代でもおこなわれていたみたいで、江戸時代の記録によると、予選でご飯をお椀に一五杯、味噌汁五杯を平らげたあと、大福餅一一三○個をペロリと食べた人がいるという。


まあ、ここまで大食いの人はそうそういないにしても、人間は一度にどのくらい食べられるものなのだろう?

これについては諸説があるが、一般的に、日本人の胃袋の容積はおよそ一・四リットルで、ゴム風船のようにふくらむ性質上、六リットル(一升瓶三本あまり)ぐらいまでは耐えられるのではないかといわれている。

しかし、これはあとさき、つまり生命のことを考えずにひたすら飲食物を詰め込んだ場合の話であって、ふつうの人が自分の意思で食べられるのは、せいぜい一・八リットルがいいところ。

六リットルもの飲食物を胃の中に入れようものなら、破裂しかねないし、心臓や肺や肝臓といったほかの臓器にも悪影響を及ぼすことになりかねない。


だが、「痩せの大食い」がいるのも事実だし、大食い選手権に参加するツワモノたちを見渡しても、力士のように太った人はあまり見かけない。
どうしてか? これも諸説あるが、基礎代謝が非常に高いことに加えて、摂取障害の可能性があるのではないかという見方が強い。


要するに、胃から十二指腸につながる幽門という部分になんらかの異常があるため、胃での滞在時間が短く、消化されきれていない飲食物が腸に流れやすい。その腸も栄養吸収能力が低い。そのため、太らない体質をしているのではないかというのだ。

いずれにしても、腹八分目こそが健康の源。賞金目当てに、「大食いしてやろう」などと、、野暮なことを考えないように。

2017/08/22

もの忘れ

人間、年をとるともの忘れが激しくなり、会話の中でも「アレ」とか「ソレ」という言葉が多くなる。自分がやろうとしたことを忘れてしまったり、テレビに出ているタレントの名前などが思い出せなくなり、もどかしい思いをするなど、加齢というのはせつないものである。

 
でも、よくよく考えてみれば、肉体だって加齢とともに衰えるのだから、脳ばかりを恨んでもしかたがない。
 

そこで、こんな疑問がわいてくる。
「ふつう、歳をとると筋肉が落ちて体力が衰えてしまう。それと同じように、脳も年をとると縮んで小さくなってしまうのだろうか?」
 
結論からいうと、悲しいかな、加齢などによって脳は本当に縮んでしまうらしい。
 
なぜなら、脳の神経細胞というのは、一一○歳をすぎると、一日一○万個から二○万個ずつ減っていくからだ。この調子でコンスタントに減りつづけると膨大な数になる。とくに六○歳をすぎると急激に減ってしまうといわれている。
 
そのぶん、脳というのは発育も早いようである。生まれたばかりの赤ん坊でも、すでに神経細胞がほぼ完成しており、重さも四○○グラムあるというのだ。四~五歳児になると、なんと一一一○○グラムにもなり、成人の重さとほとんど変わらなくなる。そして、二○歳ごろがピークで一三五○グラムに達し、それ以降は、しだいに減少していくというわけだ。
 

また、加齢以外にも、脳が縮んでしまうことがある。脳の病的萎縮だ。パーキンソン病やアルッハイマーなどがそれで、年齢と関係なく脳の神経細胞が減少してしまうらしい。
 
だからといって、悲観的になってばかりもいられない。単なる加齢の場合なら、本人の努力しだいで、多少、脳の老化を食い止めることもできる。巷で、脳を鍛えるゲームソフトの類が大流行しているのも、そういった危機感の現れなのだろうか。
 

しかし、ハイテクに頼らなくても、脳を鍛える方法がある。手を動かすことだ。手を動かすと、脳のさまざまな部分が連続して働くようになる。昔ながらのお手玉や折り紙などは、遊びながら効果的に脳を活性化させる方法だ。
 
暇でボーッとしているときに、手を動かすように努めれば、少しは脳の老化に歯止めがかかるかもしれない。