2017/12/24

我慢したオナラ

周りに誰もいない場所ならともかく、人前でオナラをするのはやっぱり恥ずかしい。うら若き乙女であれば死にたくなるかもしれない。そこで、多くの人が、オナラをしたくなってもぐっとこらえることになる。しばらく我慢していると、あら不思議、いつの間にかオナラをしたいという感覚が消えているではないか。
 
あ-よかった。ピンチを脱することができて一安心。でも、ちょっと待った。あのオナラはいったいどこへ行ってしまったんだろう?
 

外へ出るはずのものが出なかったのだから、まだ中にいるに違いない。シャーロック・ホームズならずともここまでは推理できよう。しかし、身体の中のいったいどこへ?
 オナラの成分の約七○%は空気、約二○%が血液から腸内に出てきたガス、約一○%が腸内の食べ物が発酵してできたガスだという。
 虹門から外へ出られなかったオナラは、来た道を逆に戻って大腸に入る。ここで、粘膜を通っている毛細血管から吸収される。オナラの量が多ければ、大腸では吸収しきれず、小腸にまで戻ることがある。ここでも同様に毛細血管から吸収される。
 

ということは、血液の中に溶け込んでオナラが身体中を回るということになる。そして、一部は腎臓で処理されてオシッコになるが、大部分は肺の毛細血管に運ばれ、息といっしょに口や鼻から排出されることになる。いってみれば、口からオナラをするようなものだ。


 
じつはこれ、我慢したオナラにかぎらない。腸内で発生したガスは常にその一部が血液に吸収され、肺まで運ばれて息といっしょに口や鼻から排出されているのだ。
 
人前であろうとなかろうと絶対にオナラなんかしないという人もいるかもしれないが、
そんな人でもじつは口からオナラをしているのだ。どんなに可憐な乙女でも、人間である以上一日に四○○~一二○○ミリリットルのガスを体内で発生させている。それが身体から出ていかなければたいへんなことになってしまう。
オナラを我慢して腸内にガスがたまれば、圧力が高まり、腹痛を引き起こすことがある。

ときには胆のうや輝臓をも圧迫し、激痛を招くことも。さらに、我慢することで、人前でオナラが出てしまうのではないかという恐れを抱くようになり、それがストレスとなってさらに腸内でガスが発生しやすくなってしまうという悪循環に陥ることもある。
 我慢したところで結局は出るものなのだから、オナラがしたくなったら早めにトイレや人のいない場所に移動して放出するのが健康のためには一番いい。
2017/11/28

悔し涙は苦い?


人が涙を流すのは悲しいときばかりではない。嬉しいとき、怒ったとき、悔しいとき、たまねぎを切ったとき、煙が目にしみたときなど、さまざまな場面で人は涙を流す。
上まぶたの裏側にある涙腺からは絶えず涙が分泌されている。涙に含まれる脂質が涙の蒸発を抑え、目の潤いを保っている。涙が角膜表面をおおうことにより、「角膜の光学的な機能を維持する」「異物を洗い流す」「角膜に栄養素や酸素を供給する」「抗菌作用をもたらす」などの役割をはたしている。通常、一日に分泌される涙の量は一一~三ミリリットル。年をとると分泌される涙の量は少なくなる。なお、涙腺から涙が分泌されるようになるのは生まれてから数日後なので、生まれたばかりの赤ちゃんは、泣き声を上げても涙は出さない。


涙の九八%は水分で、残りの二%がナトリウム、カリウムなどの塩類、そして、アブミン、リゾチーム、グロブリンなどのたんぱく質、脂質などだ。
塩化ナトリウムなどの塩類が入っているせいで、涙は少ししょっぱいのだが、じつはいつも同じ味ではないのだという。
たまねぎを切ったとき、煙が目にしみたときに涙が出るのは、目に侵入してきた異物を排除しようとする涙腺の反応である。それ以外は、感情の高ぶりから起こる涙だが、これには自律神経がかかわっている。

自律神経が興奮すると、涙腺が刺激されて涙が出ることになる。自律神経には交感神経と副交感神経との二種類があり、この二つの神経は相反する働きをもっている。
交感神経は、身体を活発に活動させるように働く。たとえば「心臓の拍動を速め、血管を収縮して血圧を上昇させる」「胃腸の活動を抑制する」など。これに対し、副交感神経は、身体をリラックスざせエネルギーを蓄えるように働く。たとえば「心臓の拍動を遅くし、血管を拡張して血圧を下げる」「胃腸の活動を促進する」などだ。

交感神経と副交感神経という二つの自律神経がバランスよく働くことによって、身体は正常に機能し、健康が保たれている。嬉しいとき、怒ったとき、悔しいときなどは、交感神経が興奮し、悲しいときや芸術作品に感動したときなどには副交感神経が興奮する。
交感神経の興奮による涙は、量が少なく、塩化ナトリウムがやや多いため塩辛い。一方、副交感神経の興奮による涙は、量が多く、粘液成分や油脂成分が少なく、味は薄い。
悔し涙は本当に「苦い涙」でもあるわけだ。
2017/10/28

レム睡眠とノンレム睡眠

得体の知れないなにかおそろしいものに追いかけられ、必死で逃げようとしているのに、
なぜか足が動かない。その「なにか」がしだいに迫ってきてついに追いつかれる。「ウワー
ッ!」と叫ぶと目が覚めて布団の中にいた。そんな悪夢を見たことのある人は多いだろう。
その反対に、目の覚めるような(?)美女と仲よくなり、うまいことをやっているなどという楽しい夢を見ることもあるだろう。
夢とは自分の思いどおりにならないものだが、その正体はなんだろう?
人は眠っている間にレム睡眠とノンレム睡眠とをくり返している。レム睡眠とノンレム睡眠の一セットで約九○分の周期を、睡眠時間の八時間ほどの間に四~五回くり返す。レム睡眠は、身体は休んでいるが脳が活動している状態であり、ノンレム睡眠は脳は休んでいるが、身体が活動している状態である。

浅い眠りであるレム睡眠のとき、まぶたの下の眼球はすごいスピードで動き回っている。
このときたいていは夢を見ている。一方、ノンレム睡眠中にはまぶたの下の眼球はまったく動かない。このときも夢を見ることはあるが、レム睡眠時よりは少ない。


レム睡眠時に見る夢は、荒唐無稽だったり、起きているときには思い出せないような昔の記憶が睦ったものだったりする。ノンレム睡眠時に見る夢は、いま現在の悩みごとや寝る前に考えていたことなどに影響されるらしい。

夢を見ているときは、脳の中の海馬などの記憶中枢のある大脳辺縁系と後頭部の視覚野が活発に活動していることがわかっている。そのために、記憶にもとづいて映像化されたイメージが現れると考えられている。
「おれは夢なんか全然見ないよ」という人もいるかもしれないが、そういう人は見た夢を忘れてしまっているだけのようだ。レム睡眠時だけだとしても一晩に四~五本は夢を見ているはず。ところが、レム睡眠時に夢を見ても、次にノンレム睡眠に入って深く眠ると、ついさっき見たばかりの夢を忘れてしまうことがほとんどだという。
しかし、そもそも人はなぜ夢を見るのだろうか?
かつてフロイトは、夢とは無意識の欲望の現れであるとした。いまでは、「夢を見ることは、起きている間の記憶や思考を編集し、必要な記憶を脳に定着させ、不必要な記憶を消去するという作業である」という説が有力とされている。しかし、人がなぜ夢を見るのかについては、残念ながらいまでもよくわかっていない。